活字といえば印刷。印刷といえば活字。というぐらい両者は切っても切れない関係にあります。そうは云っても、日本語活字ははじめからあった訳ではありません。日本語活字の開発の歩みが、印刷の普及の歴史といっても過言ではありません。
 日本への印刷機の導入は十六世紀、キリスト教の伝播と時を同じくし、宣教師が持ち込んだとされています。それは最初アルファベットの文字のものを印刷するためでありましたが、やがて日本語活字を作り、日本語印刷されたものが作くられました。キリシタン弾圧がやがて起こり、印刷は禁じられ、新たに日本語の印刷物が出来るまでには、鎖国を経て、黒船の来航を経て、開国の明治の時代、日本の活版印刷の創始者といわれる本木昌造(1824〜75)の登場まで待たなくてはいけませんでした。本木昌造は、明治二年日本語活字鋳造に成功しました。そして現在ある明朝体の基を作りました。

 

 活字は直方体の鉛製の台座の上に一字ずつ彫られます。日本語はひらがな、カタカナがあり、その上漢字があります。特に漢字の数は六万語とも八万語ともいわれていて、それだけの膨大な数の活字を用意しなければなりません。
  活字には文字の形を示す書体があり、文字の大きさを示すサイズがあります。この二つを組わ合せた活字の一式を用意しなければいけません。漢字には旧字体もあれば新字体もあります。これは膨大な数になります。数だけでなく、鉛製ですから重さも考慮に入れなければなりません。それだけで何トンにもなります。印刷所を開くにあたってはこの消耗品としての活字を持たなければいけません。
 活版の印刷物には凹凸があります。それは見ても判りますし、触ればもっとよくわかります。活字の時代は1980年代まで、約一世紀続きました。しかし、コンピュータの登場とともに、活版印刷はすっかり消えてしまいました。

 

 フォントが活字に取って代わりました。それは電子で作られた文字で、コンピュータにインストールされて使われます。活字のように場所を取りませんし、もちろん重さもありません。CDまたはDVDの数枚に保存されています。コンピュータでは書体さえ持てば、文字の大きさは、その場に応じて拡大したり縮小したり、自由に指定することが出来ます。

 

フォントが登場した最初はビットマップ・フォントでした。文字を拡大するとそのギザギザが確認できたものでしたが、いまはアウトライン・フォントとなり、きれいな曲線を出せるようになりました。
 コンピュータの登場は、専門分業の印刷製作作業を、机上で完結できるDTP(Desk Top Publishing)という画期的なシステムを作り出しました。フォントの出現は活字に携わる人の職を不必要なものにしてしまいました。しかし、反面印刷物を身近なものにしました。この身近さは年賀状を想像するとよくわかります。

 

宛名ひとつにしても手書きのものを見るのは珍しくなりました。プリンターの値段は低価格化しています。けれど機能は高度・多様化し、操作は容易・簡易化し、そんな恵まれた環境にいます。出力媒体は従来の紙に限らず、電子媒体でのやり取りが多くなっています。これまで情報といえばマスが扱うのが当然でしたが、今後情報は益々パーソナルになっていこうとしています。環境はその方向に動いています。そして個人発信の情報が氾濫しようとしています。レイアウト技術が簡単になり、言語外のイメージ豊なものも簡単に作れます。発信するべきものを持つ人にとっては、今後、楽しみな拡がりを持った世界が待ち受けているように思えます。